大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)1440号 判決 1985年3月12日

上告人

佐藤雄吉

上告人

佐藤ハルエ

右両名訴訟代理人

石川博之

被上告人

須賀川市

右代表者市長

高木博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人石川博之の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件事故は通常予測することのできない上告人らの子秀雄の行動によつて発生したものであつて、本件貯水槽の設置又は管理に所論の瑕疵があつたものということはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 伊藤正己 木戸口久治 長島 敦)

上告代理人石川博之の上告理由

原判決には、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな国家賠償法第二条の解釈適用の誤り、及び判例違背の違法がある。

一 原判決は、「国家賠償法第二条一項に規定する営造物の設置又は、管理の瑕疵とは「営造物が通常有すべき安全性を欠いている」ことをいう、とする判例に従つた解釈前提をとりながら、本件事案につき、その適用を誤つているものである。

二 本件防火水槽は、被上告人が、昭和四四年一二月ころ福島県須賀川市内の県営及び市営併用の「和田池団地」内(甲第五号証の一一参照)に設置したもので、その構造は、巾三、三メートル、長さ一一、三メートル、深さ一、五メートルのコンクリート製で、本件事故当事(ママ)、一、三メートルの高さの防護網が設置され、右防護網は、一辺の長さ約五センチメートル程の菱型をなしていたという点については、当事者間に争いがなく、原判決も当然の前提としている。

三 ところで、国家賠償法第二条の瑕疵の有無については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に考慮して具体的、個別的に判断するという立場が判例の立場である。

以下、右の立場に立つて、本件防火水槽を考察する。

1 まず、防火水槽の機能、目的を考えるに、防火水槽は、住宅地内に、単に水を貯めるだけ、しかも少ない面積で多量の水を貯蔵するという目的の下に設備され、又常に満水状態を保持するという管理態勢に置かれる性質のものである。

従つて本件の如く、水深一、五メートルもの深さを有するのが一般的であり、一、五メートルの水深とは、大人でも立つのが精一杯の深さであり、身長が一、五メートルにも満たない子供、幼児では、一旦、何らかの事故で水に落ちれば、水死する危険性が極めて高い人工営造物というべきである。この危険性の認識は、第一審判決(一四丁裏)がつとに認める所であり、正当な認識というべきである。

然るに、原判決は、この防火水槽の危険性の認識を欠如しこのことから誤つた結論へ陥つているものである。

2 右防火水槽の危険性は、単に危険というだけではなく、これを高層住宅のベランダとか、高圧変電所への立ち入りの危険の問題と対比すればその危険性がさらに明白となる。即ち、右ベランダの場合には、子供が一旦転落した場合、十中八九死亡が予測されるため、特にフェンスにつき、子供がよじ登れないよう、子供の足かけになるように横線のフェンスは絶対に使わないというような安全対策を講じているものであり、又、高圧変電所の立ち入り防止柵は、大人でも届かぬ程の高さのフェンスと、忍び返しを備えているのが常態であり、これも一旦立ち人つた場合の危険は、死を予測されるために、最善の防護を設置しているものである。

本件防火水槽の危険は、「一旦転落すれば死が予測される」という意味において、右ベランダ及び、高圧変電所等の危険と同質のものである。

3 右の点を安全設備の点から考えると、「営造物が通常有すべき安全性」とは、営造物の帯有する危険性の度合において、考慮されなければならないという結論が導き出される。

即ち、死が予測される危険性と、傷害程度で終るであろうとする危険性とでは、それに対する安全対策も、自ずと異つてくるのは、条理上明白というべきである。

かくて、本件は、右の死の危険の防止の問題であるにもかかわらず、後述の如く原判決はこれを看過しているものである。

4 水難事件に於て、最も事故の犠牲者となり易い年令は、本件の如く、三才位から小学校へ上がる前の六才前後の子供であることは、顕著な事実であるが、この程度の子供は、「危険に対する判断能力は低いが、一、五メートル位の高さの金網をよじ登る位の体力を有する」のが通常であるということができる。この点、原判決は、「それが危険であるということの認識能力を有する者は、それが危険なるが故に、右能力を有しないような幼児なら体力がないが故に、その行為(よじ登り)をしないであろう」と判示しているが、右判断は、平面的判断であり、社会実相の洞察力に欠けた判断であり、前記の如く、中間的な存在の子供達がいることを見落した判断である。

右のような、「認識能力は低いが体力のある子供」の事故は、予測可能であり、これを予測できない不可抗力の事故とするのは、″予測性″の問題として疑問があるばかりでなく事実問題として、子供の水難事故の現実を無視する考え方である。

以上の諸点は、本件防火水槽の総合的判断に必要な、重要なる視点であり、以下の考察の前提である。

四 最高裁判所昭和五六年七月一六日第一小法廷判決(最高裁昭和五五年(オ)第一一一一号)は、前述の総合的判断を前提として満三才七ヶ月の幼女が約一、八メートルの金網フェンスをのり越え、プールサイドに立ち入り転落して死亡した事案に対し、「右事実関係のもとにおいて、小学校敷地内にある本件プールとその南側に隣接して存在する児童公園との間は、プールの周囲に設置されている金網フェンスで隔てられているにすぎないが、右フェンスは幼児でも容易にのり越えることができるような構造であり、他方児童公園で遊ぶ幼児にとつて、本件プールは一個の誘惑的存在であることは容易に看取しうるところであつて、当時三才七ヶ月の幼児であつた亡黒沼幸江がこれを乗り越えて本件プール内に立ち入つたことが、設置管理者である上告人の予測を越えた行動であつたとすることはできず、結局本件プールには、営造物として通常有すべき安全性に欠けるものがあつた。」と判示している。

右判例を、その事実関係に即して考えると、本件と極めて酷似した事案であり、右判断に即して本件も解釈適用されるべきである。(尚、被上告人は、控訴審において、最高裁判所昭和五三年七月四日第三小法廷判決を引用するが、右判例は、高さ八〇センチメートルのコンクリート柱に上下二本の鉄パイプを通して手摺として防護柵を設置していたところ、六才の幼児が防護柵に後ろ向きに腰かけて遊ぶうち、誤つて転落負傷した事案についての判断であり、営造物の有する危険性及び被害の結果に於いて、本件事案とは全く異なり、本件事案の参考とはなり得ない。即ち、先例価値の有する判例の判旨の読み方は、抽象的文言だけを取り出して自己に都合よく組み立てる態度は誤りであり、あくまで事実関係に即して判例の趣旨を読みとらなければならないものである。)

以下、前記考案の諸点及び右判例に即しながら、原判決の国家賠償法二条の適用の誤り、及び判例違背を論述する。

五 原判決は、防火水槽の安全性につき「貯水槽が通常有すべき安全性とは、人が(大人でも子供でも)たやすく入り、又は転落することを防止するに足る設備を備えることをいうものと解される。この場合貯水槽に設置された金網を人がよじ登ることを防止するに足る設備まで備えることは、必要でないと解するのが相当である。本件の場合、前記認定のように、貯水槽のコンクリート外壁上に高さ一、三メートルの金網製の防護網が設置されていたのであり、この防護網は人が容易に貯水槽に入つたり転落したりすることを防止するに足るものであるから、本件貯水槽は、通常有すべき安全性を備えていたと認めるべきである。」と判示している。(二丁目裏、三丁目表)

しかしながら、右判示は、次の点から国家賠償法第二条の適用につき、違法がある。

1 右判断は、前述の防火水槽の危険性を看過した判断であり基本的な判断基準を誤つている。

即ち、本件防火水槽は、一旦幼児が転落した場合、十中八九死の危険性があるので、一、三メートル程度の菱形金網程度の防護網をもつては、その安全対策は、十分とはとうてい言えないものである。

前述の、最高裁判所判例をもつてしても、一、八メートルの金網フェンスでも情況によつては、三才七ヶ月の幼女でも乗り越えることを予測できる旨判示しているもので、右判例を無視して原判決が単に「(一、三メートルの金網製の)防護網は人が容易に貯水槽に入つたり転落したりすることを防止するに足るものである。」と判断していることは、その結論において明らかに右判例に違背するものである。

従つて、原判決は、防火水槽の安全性について、その危険性を無視することにより、判断を誤り、ひいては、判例違反の違法を犯しているものである。

2 次に、原判決の危険性の予測について、原判決は、

「右防護網の上にいわゆる忍び返しが設置されていなかつたけれども、大人でも子供でも、人が防護網によじ登るということは、社会通念上、通常予測しえないことであるから、(それが危険であることの認識能力を有する者は、それが危険なるがゆえに、右能力を有しないような幼児なら体力がない故に、その行為をしないであろう。)よじ登り防止のための設備である忍び返しを備えていないことは、通常有すべき安全性を欠いたことにはならない。」(三丁目表・裏)

と判示している。

しかしながら、右判示は、以下の点で誤り、かつ判例違背がある。

(一) 本件防火槽は、団地内に設置され、団地内の子供達にとつて繁さに通行し、遊ぶ場所にあるものであり、(甲第五号証の一二参照、右写真は、コンクリートの蓋を設置後、たまたま撮つた写真であるが、子供達が格好の遊び場所としていることは、明らかである。)大人でさえも魚を放ち興味を示す存在であり(被上告人も、大人が魚を放ち異臭を発するので注意した旨認めている。)あまつさえ、何事によらず、不思議なものに万感の興味を示す幼児にとつて、水をたたえる本件防火水槽は、誘惑的存在であつたことは、容易に看取できるものである。

かかる誘惑的存在でありながら、一旦転落すれば死が予測される危険な人工営造物であるから、危険判断能力の低い幼児のよじ登りによる転落の発生は、当然予測しえたものであり、又予測すべきであつたというべきである。

(二) 前記最高裁判例も、危険場所(プール)への幼児の金網よじ登り行為をもつて、予測できないことではないと明確に判示しているものであり、原判決は、予測性の問題についても、法令適用の誤りを犯し、かつ、判例違背に陥つているというべきである。

(三) 特に、危険性との相関関係に於て、安全対策を講じなければならないことを考え合わせれば、単に転落しても、傷害程度に過ぎない場所における安全対策は、原判決の如く「単に転落を防止するに足る設備」をもつて十分とする見解をもつて妥当とするべきであるが、一旦転落すれば、死の危険がある場所における安全対策は、単に、転落しないということだけでは足りず、近寄れないような設備まで要求されるものと考えるべきであり、本件の如く、一、三メートルの高さしかなく、かつ菱形金網で子供でも容易によじ登れるような設備においては、よじ登りによる転落死亡の危険を予測して、忍び返しのような設備は最低限不可欠であり、当然備えなければならないというべきである。

六 以上、原判決は、安全性及び危険予測性の問題につき、国家賠償法第二条の適用を誤り、ひいては最高裁判所判例にも違背しているものであり、その破棄は免れないものである。

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